ニュースの概要
臨床試験の業界専門メディアが、受託研究機関Fortreaによる心不全の第IV相試験(=発売後に行う試験)の事例を紹介した。対象は症状が落ち着いた安定期の患者である。薬を使っても体感の変化が小さいため、通院を続ける動機が育ちにくく、途中でやめる人が出やすい。そこで同社は、患者が自分の症状や生活の状況をスマートフォンなどで入力する電子患者報告アウトカム(ePRO)、デジタルヘルスの道具、遠隔でのデータ収集を組み合わせた。来院の回数と移動の負担を減らし、仕事をしている世代や高齢の患者も参加を続けやすくする狙いである。
引用元: 心不全第IV相試験でePRO・遠隔モニタリングを活用し、被験者離脱に対応(Clinical Trial Vanguard)
分析・見解
「良くなった実感がない」ことが、離脱の最大の火種になる
第IV相試験は、すでに承認された薬の安全性や効果を、より広い患者で長く確かめる試験である。承認前の試験と違い、患者にとっては「新しい治療に挑む」という切実さが薄い。とくに安定期の心不全では、薬をのんでも息切れが急に軽くなるわけではない。効果は入院が減る、悪化しないといった「起きなかったこと」として現れる。
起きなかったことは、本人には見えない。見えない便益のために半日をつぶして病院へ行く人は少ない。離脱の原因は患者の意欲の低さではなく、試験の設計の側にある。
来院を減らすだけでなく、日々の声を拾い続ける設計
ePROは、体重、むくみ、息切れ、疲れやすさなどを患者自身が日々入力する仕組みである。病院での問診が数か月に一度の「点」だとすれば、ePROは毎日の「線」でデータが取れる。悪化の兆しを早く捉えられるので、研究側にも患者側にも利点がある。
ここに独自の見方を足したい。入力は負担であると同時に、「自分の状態が見てもらえている」という実感を与える。来院を減らした結果、病院との関係まで薄くなっては本末転倒である。入力したデータが本人や担当者に返ってくる設計こそ、継続参加の鍵になると考える。
分散型試験は広がるが、参加者の偏りに注意が要る
コロナ禍以降、来院を減らして自宅などで進める分散型の試験が広がった。心不全は体重、血圧、心拍など家庭で測れる指標が多く、この手法と相性がよい。
一方で課題も残る。測定機器の精度のばらつき、高齢者にとっての操作の難しさ、通信環境の差である。機器に慣れた人だけが残れば、集まったデータは実際の患者像から離れてしまう。離脱を減らせても、参加者が偏れば結果の信頼性は下がる。数字の改善だけでなく、誰が残ったのかを必ず確認したい。
次の焦点は、離脱率が実際に下がったかの検証
今回の紹介は手法の説明が中心で、離脱率がどれだけ下がったかという数字は示されていない。今後、従来型の試験との比較で効果が裏づけられれば、他の慢性疾患にも広がるだろう。糖尿病、高血圧、慢性閉塞性肺疾患(COPD)なども、「安定しているから通わない」という同じ問題を抱えているからである。
手法そのものより、離脱率や入力率といった運用の実測値が共有されるかどうかが、業界の学びの速さを左右する。
ビジネスへの影響
離脱を例外でなく前提にして、試験計画を組む
症例数の見積もりで離脱率を甘く置くと、途中で解析に必要な人数を割り込む。安定期の患者を対象にするなら、離脱は例外ではなく前提として扱いたい。ePROの入力率や機器の装着率を早期の警告指標にし、数値が下がり始めた患者へ連絡する運用を、開始前に決めておくとよい。追加で患者を集める費用に比べ、継続を支える費用は小さく済むことが多い。
機器と運用は、いちばん不慣れな人を基準に決める
画面の見やすさ、文字の大きさ、問い合わせ窓口は、操作に最も不慣れな人が使えることを基準にする。入力は一日数分以内に収め、質問も絞る。測定値が本人に見える形で返れば、参加の動機にもなる。
また、個人の健康データを扱うので、同意の取り方、保管場所、委託先の管理を契約の段階で整理しておく必要がある。
委託先選びと院内手順で、今から確認したい点
委託先を選ぶときは、遠隔手法の実績に加えて、過去の試験での離脱率の実測値を求める。医療機関側では、遠隔で集めたデータを誰が確認し、異常があったときにどう動くかを手順にしておく。規制当局の考え方も事前に確認したい。まずは小さな試行から始め、入力率と離脱率を記録して次の試験に生かすのが現実的である。
